私が『バーデミック』を知ったのは、2022年8月1日放送の『世界まる見え!テレビ特捜部』でした。
「下手くそかSP」という回で、世界中の笑える失敗談が紹介されていたのですが、その中でこの映画の映像が流れたのです。
番組内で流れた映像は、あまりにも予想の上をいく酷い内容で、思わず「へぇーっ!」と釘付けに。
低予算からくる棒演技やチープすぎるCGが、もう笑いとワクワクを止めてくれませんでした。
「低予算」「棒演技」「チープすぎるCG」……。
そんな三拍子が揃った作品に出くわすと、普通なら即座にブラウザを閉じてしまうはず。ところが、ごく稀に、そのあまりの「ひどさ」が突き抜けて、逆に「とんでもなく面白い」という摩訶不思議な現象が起きることがあります。
今回、なぜこの『バーデミック』は、わずか1万ドルという超低予算にもかかわらず、世界中の観客を魅了し、フランチャイズとして続いているのか。
その背景には、監督のジェームズ・グエン氏の、狂気じみた、それでいて驚くほど純粋な情熱と、衝撃的な制作の裏側が隠れていました。
感情ゼロの棒読みが笑いを呼ぶ:制作現場のリアルな修羅場
この映画がカルト的な人気を確立した最大の理由は、その圧倒的な品質の低さにあります(笑)
まずは、予告動画をご覧ください。
何が何やら分からない2分で満腹気味なのですが、その裏側を知ると単なる「ヘタな映画」として片付けられない、胸を打つエピソードが見えてくるのです!
製作費たった1万ドル!俳優はマイク係だったという事実
2006年から4年かかった『バーデミック』の制作費は、驚くべきことにわずか10,000ドル。
これは、グエン監督が昼間の仕事から自己資金で賄った額だそうです。
ハリウッドの映画製作費が億単位であることを考えると、もはや「自主制作の範疇を超えている」という次元ですよね。
これほどの超低予算と、クルーがほとんどいないという事実が、主演俳優たちに想像を絶する困難を強いました。
「主演のアラン・バーグ(Alan Bagh)は、撮影中、ブームマイクを股の間に挟んで持ったり、全ての機材を運んだり、運転手を務めたりしたため、撮影日は毎日非常に疲弊していました。」(アラン・バーグのインタビューから引用)
みなさん、想像してみてください。
主人公ロッドとして恋人ナタリーと甘い会話を交わすシーンの裏側で、彼が自分の股にマイクを挟み、次のシーンのために重い機材を自分で車に積み込んでいる姿を……。
もう、それだけで一本のコメディ映画が撮れそうですよね(笑)
そして、その苦労の末に出来上がったのが、「感情ゼロ」の棒演技、不必要なほど長いロマンスパート(鳥の襲撃まで47分もかかる!)、そして意味不明なセリフの数々です。
これが観客にとっては意図しないコメディ効果を生み出し、「ひどすぎて面白い」という評価を決定づけました。
あなただったら、そんな状況で、最高の演技ができますか?
翼を機械的に羽ばたかせる鳥の奇妙な魅力
映画のタイトルにもなっている「鳥(Bird)」の襲撃シーンは、まさに見どころ(迷いどころ?)。
CGで作成されたワシやハゲタカは、「実写に対して明らかに浮いており、2010年の作品であることが信じられないレベル」と酷評されました。
とは言え、そのチープさが作品の個性を決定づけているのです。
翼をクリップアートのように機械的に羽ばたかせ、地面に衝突すると赤と黄色の煙を上げて爆発炎上する鳥たち。
これぞまさしく、「カルト映画の愛すべき駄作」の象徴です(笑)
伝説の「棒演技」を生んだキャスティングと舞台裏の真実
『バーデミック』がカルト的な人気を得た最大の要因は、そのチープなCGや緩慢な展開に加え、主要キャストたちのロボットのようなぎこちない演技にあります。
しかし、その裏側には、プロの撮影現場ではあり得ないような、驚きのエピソードが隠されていました。
1. 主要キャラクターと配役の奇跡
本作の主役であるロッドとナタリーは、その棒読みと、感情の起伏の少なさで伝説(笑)となりましたが、彼らのキャスティングには運命的な出会いがありました。
■ ロッド (Rod)
Alan Bagh in Birdemic: Shock and Terror (2010) pic.twitter.com/07GyvewoEi
— Frame Found (@framefound) January 6, 2019
- 俳優名: アラン・バーグ (Alan Bagh)
- 役柄のポイント: 成功したソフトウェアセールスマン。ハイブリッド・ムスタングに乗る環境意識の高い好青年。
- 隠された真実: 役柄は監督の半自伝的要素。ロッドの「ぎこちない演技」は、過酷な17時間撮影と、台本を当日朝に渡された緊張から生まれた。
■ ナタリー (Nathalie)
- 俳優名: ホイットニー・ムーア (Whitney Moore)
- 役柄のポイント: ファッションモデル志望の美女。後にヴィクトリアズ・シークレットのモデルに選ばれる設定。
- 隠された真実: 監督が駐車場でスカウトし、オーディションで獲得。撮影中はメイク係を兼任していた。
■ ラムジー (Ramsey)
- 俳優名: アダム・セッサ (Adam Sessa)
- 役柄のポイント: 元海兵隊員。ボロボロのミニバンとマシンガンで主人公たちを助ける軍事要員。
- 隠された真実: イラクでの「殺し合いに疲れた」ため海兵隊を辞めたという、重い設定を持つ。
■ ドクター・ジョーンズ (Dr. Jones)
- 俳優名: リック・キャンプ (Rick Camp)
- 役柄のポイント: 鳥の異常現象の原因を考察する科学者。
- 隠された真実: 真面目な解説役でありながら、その登場シーンは急に挿入され、カルト感を高める。
■ ツリーハガー (TreeHugger)
- 俳優名: スティーブン・グスタフソン (Stephen Gustavson)
- 役柄のポイント: 地球温暖化の危険性を訴える環境保護論者。
- 隠された真実: 監督が真剣に伝えたい環境メッセージを体現する、作中屈指の真面目なキャラクター。
■ レストランの客
- 俳優名: ジェームズ・グエン (James Nguyen)
- 役柄のポイント: 監督自身がカメオ出演。
- 隠された真実: 監督自身が役者として画面に登場しているという、低予算映画ならではのエピソード。
2. 主演俳優が語る「神頼み」の撮影エピソード
ロッド役のアラン・バーグは、この映画が公開後にカルト的な人気を得たことに「誰にも見られずにお蔵入りすると思っていた」と衝撃を受けたと語っています。
彼は、自分の出演経歴に作品が一つ加わっただけで十分だと考えていたため、世界的な反響には心底驚いたそうです。
しかし、撮影現場の環境は非常に過酷でした。
- 過労による棒演技の誕生
ロッドがソーラーパネルのセールスをする有名なシーンで演技が特にぎこちないのは、彼が前日17時間も撮影に拘束されて疲弊しており、台本をその日の朝に渡されたため、緊張していたことが原因だったと本人が明かしています。 - 主演女優への「恋愛禁止」令
ナタリー役のホイットニー・ムーアは、監督が撮影後に共演者のアラン・バーグと交流することを禁止していたという、まるでティーン映画のような裏話を暴露しています。 - 監督との確執
ホイットニー・ムーアがある時、撮影許可なしにジョギング中の人々に怒鳴るグエン監督を注意したところ、監督は彼女と3週間も口をきかず、アラン・バーグを介して指示を出したという驚きのエピソードもあります。
これらの舞台裏のエピソードは、俳優たちが最高の環境ではなく、むしろ極限のストレス下で奮闘していたことを示しており、その「ぎこちなさ」こそが作品の持つ唯一無二の魅力となっているのです。
3. 続編でも再集結する「愛すべき仲間たち」
その「ひどさ」にもかかわらず、主要キャストたちはこの経験を大切にしています。
ロッド(アラン・バーグ)とナタリー(ホイットニー・ムーア)は、2013年公開の続編『Birdemic 2: The Resurrection
』でも主要キャラクターとして再登場を果たしています。
Birdemic 2: The Resurrection (2013) https://t.co/U6KRB5Dc3t pic.twitter.com/AHfVjyOWfG
— HattieB (@Hattie_JustB) March 15, 2018
この続編では、前作のキャストの多くが再集結し、作品を愛するファンたちの期待に応えました。
監督は諦めなかった:ゲリラ的な執念が生んだ伝説
正直なところ、このレベルの出来であれば、ほとんどの映画は誰にも知られずに消えていくのがお決まりのパターンのはず。
それでも、『バーデミック』がカルト的な成功を収めたのは、ひとえに監督の「諦めない執念」、そして「型破りなプロモーション」のおかげと言えそうです。
#BOTD James Nguyen. The man who inflicted Birdemic on an unsuspecting world. pic.twitter.com/FwaPJellAt
— Dark Corners (@DarkCorners3) September 1, 2024
サンダンス映画祭をジャックした血糊まみれのバン
『バーデミック』は、すべての映画祭で選外となりました。
しかし、グエン監督はそこで終わらなかったのです。
「2009年1月、グエン監督は、映画が選外となったにもかかわらず、サンダンス映画祭が開催されるユタ州パークシティに乗り込み、フリーランスで宣伝活動を行いました。」(出典:監督へのインタビュー)
彼は「映画的なフットボールのヘイルメリー(まともにやってもダメだから、とにかく目立って奇跡を起こすしかない的な意味?)」と表現したこの行動で、「血糊」で飾られたバンを乗り回し、綴りの間違った手書きの看板を掲げ、通行人にチラシを配りまくったのです。
その宣伝活動があまりに奇抜だったため、警察官に止められるほどだったとか!
実のところ、このゲリラ的な努力こそが、配給会社セヴェリン・フィルムズの目に留まり契約へと結びついたのです。
メッセージは至って真面目:環境問題への警鐘
『バーデミック』が他の「ひどすぎて面白い」映画と一線を画す点は、その真面目すぎるメッセージ性です。
グエン監督は、アルフレッド・ヒッチコックの『鳥』だけでなく、アル・ゴアの環境ドキュメンタリー『不都合な真実』からも強い影響を受けていると公言しています。
「鳥がワシやハゲタカに変異し、酸を吐き、地上に激突すると爆発炎上するのは、地球温暖化によって変異し有毒になったためだと説明されます。」(出典:映画の内容、監督インタビュー)
ロマンスがメインのシーンでも、主人公ロッドが太陽光パネルを設置したり、燃費100MPGのハイブリッド・マスタングを運転したりする様子が、わざわざ挿入されます。
それなのに、鳥から逃げるために車を爆走させたり、高額なガソリンを購入したりするシーンもあって、メッセージと行動の矛盾が、また新たな笑いを呼ぶのです。
終わりなき野望:『バーデミック』フランチャイズの未来
「史上最悪の映画」として大成功を収めたグエン監督の野望は、とどまるところを知りません。
「ロマンチックスリラー™」という独自のジャンル
グエン監督は、自身の作品群を「ロマンチックスリラー™」という独自のジャンルとして定義しています。
彼の哲学によれば、このジャンルはロマンスと、ミステリー、サスペンスといった不吉な予感を組み合わせたものです。
ヒッチコックの『めまい』を最高のロマンチックスリラーだと考えているそうです。
そして、この熱意は新作にも注がれています。
| 作品名 | 公開年 | テーマとジャンル |
|---|---|---|
| Birdemic: Shock and Terror | 2008年 | 地球温暖化による鳥の襲撃とロマンス(ロマンチックスリラー・ホラー) |
| Birdemic 2: The Resurrection | 2013年 | 鳥の襲撃の継続 |
| Birdemic 3: Sea Eagle | 2022年 | 地球温暖化でウミワシが襲撃する(Romantic Thriller™) |
さて、この第3作『Birdemic 3: Sea Eagle』は、制作から10年の歳月を経て、2022年に公開されました。
彼は、このフランチャイズを『ターミネーター』や『ファイナル・デスティネーション』のように育てていきたいと非常に真剣に考えているようです。
実は資金源はシリコンバレー!?テクノロジー業界での成功というもう一つの顔
驚くべきことに、グエン監督には映画監督としての顔の裏に、別の「成功」の顔があります。
彼は、長年にわたりハイテク業界でキャリアを築き、その本業の収入が、カルト映画『バーデミック』の制作を支える大きな資金源となっていました。
シリコンバレーの成功者として映画の資金を調達
ベトナムのダナン生まれで、サイゴン陥落の直前に米国へ移住したグエン監督は、正式な映画学校で訓練を受けた経験はありません。
代わりに、彼がキャリアを積んだのは、技術革新の中心地、シリコンバレーでした。
- ソフトウェアセールスマンとしてのキャリア
グエン監督の経歴は、長年ソフトウェアのセールスマンとして働いていたことが特徴的です。彼は1990年代後半にコーディングからハイテク営業に切り替え、その本業で得た収入を、後に映画制作の自己資金として投じることになります。 - ドットコムブームでの起業経験
2000年代初頭のドットコムブームの最中には、自身のプロダクション会社となるmoviehead.com(後にMoviehead Pictures)というスタートアップを設立し、なんと50万ドルを調達してストリーミングサービスを構想していました。 - 大手顧客へのITソリューション提供
2010年頃には、彼はpiXlogicというスタートアップで上級セールススタッフとして勤務し、「ビジュアル検索のGoogle」のようなソリューションを、ワーナー・ブラザースやソニー・ピクチャーズといった大手企業に提供していました。
(出典:当時のインタビュー)
この成功体験は、彼の映画にも反映されています。
『バーデミック』の主人公ロッド(アラン・バーグ)がシリコンバレーで成功したソフトウェアセールスマンという設定であるのは、まさにグエン監督自身の半自伝的な要素なのです。
彼の『バーデミック』への情熱は、まさに「持っているものでやりくりする」という、シリコンバレー仕込みの不屈の精神に裏打ちされていると言えるでしょう。
結論:『バーデミック』が愛される理由
『バーデミック』は、一般の映画の評価基準で測れば、確かに「史上最悪」のレッテルを貼られても仕方ありません。
しかし、その圧倒的な出来の悪さが、監督の純粋すぎるほどの熱意と、ゲリラ的なプロモーションという化学反応を起こし、「ひどすぎて面白い」という唯一無二のカルト的傑作へと昇華しました。
低予算だからこそ生まれた出演者の奮闘。
そして、そのチープな画面の裏で監督が真摯に訴えかける地球温暖化へのメッセージ。
私たちは、完璧に作られた作品だけでなく、時に「故障したロケットが軌道に乗る」ような、予想外の失敗と成功が入り混じった作品にこそ、強く心を惹かれるのではないでしょうか。
その欠点すべてを含めて愛し、ツッコミながら楽しむことができる、それが『バーデミック』の醍醐味です。

さあ、あなたもこの摩訶不思議な「ロマンチックスリラー」を体験し、その独特の魅力を心ゆくまで堪能してみませんか?
【視聴方法】『バーデミック』はどこで観られる? 配信されてる?
このカルト的な傑作を観てみたくなったあなたへ!
結論から言うと、日本の動画配信サービスで『バーデミック』は配信されていません。
がっ!
輸入盤DVDは購入が可能です。
下記がその商品ページなので、詳細をご確認くださいね。
※リージョン=フリーのDVDプレイヤーでない場合、再生できない可能性があります。
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それでは、素敵なカルト映画ライフを!
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